その2: とにかくゲーム、ゲーム、ゲーム

Apple II はゲーム向けではなかったが

 わが家に導入されたばかりのApple IIc。 用途は大きく分けて3つあった。まず姉がプログラミングに使う。姉は決してパソコン好きではなかったが、学校の授業ともなればやらねばなるまい。父親はワープロを使った。当然、英語のみ。それから僕は、ゲームに興じた。

 1984年当時、パソコン用ゲームの相場はおおむね$30から$40の間だったと記憶している。(注1) 僕が最初に買ってもらったゲームはハード・ハット・マック とかいうタイトルで、その名の通り、ヘルメットをかぶったマックというおじさんが工事現場を飛び回るという内容だった。ドンキーコングに近い感じか。ソフトメーカーは大手のElectronic Arts だったが、これはなかなかの駄作だったように思う。

 というか、Apple II シリーズは後に発表されたApple IIGS を除くと、全然ゲームに向いていないパソコンだった。音声は1チャンネルしかなかったし、発色数はどんなにがんばっても32色とかで、この時期に前後して出回っていたパソコンの中ではやや出遅れていた。特にCommodore 64 は音声3チャンネルでサウンドチップが優秀だったこともあって、ゲーム愛好者に根強い人気を誇っていた。カラーで表示で言えば、Atari ST の方が優れていた記憶がある。(注2)

 にも関わらず、Apple II シリーズ向けのゲームはちまたにごまんと出回っていた。多分、シェアが大きいのでソフトメーカーも無視できなかった、ということなんだろう。おかげで僕はいろんなゲームを楽しめたからまあよしとしよう。以下に登場するゲームは僕がApple IIc を使い続けた1984年から1988年までの間のものです。

アドベンチャーゲーム

 その頃やっていたゲームを全部あげていてはきりがないので、ジャンル別に特に印象深かったものを思い出してみる。まずはアドベンチャーゲームから。最近ではすっかり見なくなってしまったが、このころのアドベンチャーゲームといえばコマンドを打ち込むのが主流だった。それぞれの場面で「GET KEY」(鍵を取れ)とか「CLIMB TREE」(木に登れ)といった感じで、キャラに命令しなくてはならなかった。

 これが実に辛い。僕は英語が母国語というわけではないから、ボキャブラリーが足りなくて困る。2年、3年とアメリカ暮らしが長くなるに連れて少しずつ改善したとはいえ、実験的に打ち込むコマンドの数も友達の半分ぐらいしか思いつかない。そういう意味では、実に苦労したジャンルでもある。やけくそになって「PUNCH GROUND」(地面を殴れ)などと打つと、生意気にも「手が痛いです」とゲームに茶化されることもしばしばあった。

 そんなこともあって、画像なしの文字ばかりのアドベンチャーゲーム、いわゆるテキストアドベンチャーにはほとんど手を出さなかった。Infocom のZork シリーズはその分野の王様のようなゲームだったが、僕はそんな背景もあって、せっかく友達から借りてきたのに2日ほどで返してしまったという苦い経験もある。

 Apple II シリーズのアドベンチャーゲームといえば、Sierra-on-Line という会社を抜きには語れない。1番手こずったのがDark Crystal という、映画を元に作られたゲームだった。(注3) 友達と2人で連絡を取り合って数ヶ月に渡って延々と謎解きにチャレンジしたが、挫折した。そして忘れた頃にこの友達がレンタルビデオ屋で原作の映画を借りてきて、それを見た後でやってみたら30分ぐらいで終わってしまった……ということもあった。ほかにSierra 社の初期の名作にはWizard and the Princess やUlysses and the Golden Fleece などがあった。(注4) 

 さらにSierra 社の話を続けてしまうと、なによりもSierra 社の知名度を高めたのはKing's Quest だったと思う。それまでのアドベンチャーゲームは「西へ行け」「東へ行け」というコマンドで移動して、行く先々で決まった画像が1枚出てくるだけだったが、King's Quest ではその画面の中で主人公をちょろまかと動かせた。「木に登れ」というコマンドを打つにも、ちゃんと木の近くにいかないといけない。池に足を突っ込んでみると、そのまま死んでしまったりもした。

 なんだか面倒なようだけど、これがすんごく新鮮であったことは間違いない。このゲームを機に、Sierra 社が出すゲームはほとんどがKing's Quest 型になった。Police Quest やLeisure Suit Larry なんかがそうだ。(注5)

アクションゲーム

 アドベンチャーゲームに比べると、今ひとつピンとこないのがアクションゲームだ。上にも書いたとおり、Apple II シリーズの音声やグラフィックスが陳腐だったことが大きく影響しているのだろう。実際にやってみたゲームという意味ではもっとも数をこなしたジャンルだが、費やした時間はもっとも少ないかも知れない。

 振り返って「ああ懐かしい!」と涙が出そうになるのがKarateka だ。このころアメリカで武芸ブームだったこともあって、Karateka はとてもヒットしていた。僕も熱中した。自分は角刈りに空手着姿のいい男。出てくる敵は空手着こそ着てはいるものの、なぜかスターウォーズのストーム・トゥルーパーのような白いマスクをかぶっていたのが印象深い。最後に将軍のようなボスを倒した後、空手の構えをとったままお姫様に近づくと、姫様にハイキックを喰らって一撃で殺されてしまうというオチがある。そんなに強い姫様なら自分で城を脱出しろや! と思うがまあそこはそれ。ちゃんと構えを解いて駆け寄れば最後にブチューとやってハッピーエンドだ。(注6)

 それとCastle Wolfensiten も捨てがたい。今や広く伝わるWolfensiten 3D の元になっているゲームだと思うが、最後にちゃんとヒットラーが出てくるあたりが素晴らしい。そのヒットラーのすぐ近くにまでいって爆弾をしかけて帰ってくる、という筋書きだ。ドイツの軍人がドイツ語で「こっちに来い」といい、下に英語の字幕が出るのが実に渋い。(注7)

RPG

 僕はRPGにはあまり強くなかった。根気がないからかも知れない。テキストアドベンチャーと同様に、深入りすることがなかった。もちろん、RPGの王様とも言えるUltima シリーズにも挑戦したが、全然だめ。延々と同じところをぐるぐる回った挙げ句にギブアップした。

 唯一の例外としてはまったのが、Bard's Taleだ。あのWizardry が進化したようなもので、街の中をいったりきたりしながら鍵を集め、あっちこっちのタワーで順繰りにボスを倒していくという内容。ありがちなロールプレイングゲームではあるけど、当時にしてはグラフィックや音楽が良くできていた。このゲームの渋いところは、6人メンバーの中にBard (吟遊詩人のこと)を加えるとBard の歌で火をともせたり、仲間を回復させたりできること。戦士としては比較的弱いのだが、ゲームそのものがタイトルの通り「Bard が語り継ぐお話」という設定だけに、常に1人、入れておかずにはいられなかった。

スポーツ

 メジャーなところではバスケのOne on One。Larry Bird とDr. J という当時のバスケットボールのスターが1体1で対決するという構図。ダンクすると時々、ボードがばらばらに砕け散るというのが面白い。そんでもって清掃員のおじさんにしかられる。あとAccolade という会社だったと思うが、Hard Ball という野球ゲームは良かった。

 異色だけど秀作だな、と思うのはSummer Games とWinter Games の2つ。この2つはオリンピックのいくつかの種目を抜き出してゲームにしたものだが、選ばれている種目が本来ならゲームになりにくいものが多かった。だからこそ味があったというか、他のメジャーなスポーツゲームの中でも光っていたと思う。特にSummer Games のダイビング、Winter Games のフィギュアスケートなんて、他でゲームになったという話を聞いたことがない。(注8)ただあまりにも難しくて、ダイビングならジョイスティックをぐりぐり動かしてうちにもろに「腹打ち状態」で水面にぶち当たったり、フィギュアスケートなら飛んだはいいが1回転もせずにそのまま着地してしまったり……。結局、友達数人で「誰が1番派手に腹打ちを決めるか」ということで競い合った。

 オリンピックらしく自分の国を選べるというのもおつで、選べる10数カ国の国の中にちゃんと日本が入っていたというのも印象深い理由の1つ。日本を選択すると「君が代」が流れるのだからますますグー! 他の国の国歌は大体省略されるのに、君が代だけは短いので終わりまで流れたのも感慨深い。

 と、予定していたよりも随分長くなってしまったので、ゲームの話はここまで。いつか「あ!あれを忘れている!」というのがあったら後日追加することにします。

(つづく)

目次に戻る][次へ


(注1)当時の為替レートは1ドル=240円ぐらいかな?

(注2)より正確にいうと、Apple II シリーズでもソフト側の技術で3チャンネルまで音声を増やすことは可能ではあった。が、いかんせんチップがしょぼいので到底Commodore 64 にはかなわなかった。ついでにいえば、Commodore 64 にはカセットの差込口まであった。要するにゲーム機としての色合いが強かったということで、逆にいえば、Commodore 64 がビジネスに使われるなんて言うことはまず考えられなかった

(注3)お人形さんが動き回るファンタジー映画。

(注4)Wizard and the Princess は魔法使いからお姫様を救い出すという内容。Ulysses and the Golden Fleece はその名の通り、ギリシャ神話のユリシーズをモデルにしている。今思うとこのころのアドベンチャーゲームはファンタジーやSFに偏っていた気がしないでもない。

(注5)Leisure Suit Larry は女性と3回×××するのが目的というエッチなゲーム。コンドームをつけていないと最初の女性とベッドインしたときに病気を移されてゲームが終了するという、えげつないゲームだ。これ以前にまったく同じ内容のテキストアドベンチャーでSoft Porne というゲームがあった。僕はSierra 社がこれをぱくったのではないかという思いを常に抱いていたので、Sierra 社が自社のBBSを開いた際にチャットで質問してみたのだが、問答無用でアクセス禁止処分にされてしまった。テキストアドベンチャーには手を出さなかったのではないかって? まー若かったのだよ(^^;

(注6)このKarateka を題材にしたKarateka 2 というムービーソフトを作った人がいる。グラフィックなどは原作のゲームのままだったから、完全な海賊版だったに違いない。この中で主人公はゲームでは絶対にできない三角蹴りを繰り出したりする。ボスの将軍はえげつなく武器を使って倒す。その後で姫様に蹴り倒されたことを回想するシーンが出てきて、なんと槍を投げて姫様を串刺しにして殺して終わるというブラックな内容だった。

(注7)このゲームにもパロディーがあった。Castle Smurfenstein というもので、アニメキャラのSmurf が登場する。ゲームの内容はまったく同じ。Smurf というのは妖精の一種のような生き物だが、基本的には子供向けのアニメ。それが敵をばしばし撃ち殺すのだから、これもまたブラックだ。

(注8)その他の珍しい種目は夏ならカヤック、自転車、冬ならスキージャンプ、クロスカントリースキーなどがあった。このシリーズにはCalifornia Games というのもあって、スケートボードやサーフィンなどが盛り込まれていたが、やはり操作が難しくて「だれが1番派手に波に呑まれるか」というなげやりな遊び方をしていた。