その3: マルチメディアへの挑戦、そして挫折

じゃあ、ゲーム以外はどうだったのだ?

 「その2」では延々とゲームの話ばかりをしてしまった。なんでそんなにゲームばかりやっていたかというと「自分がガキだったから」ということのほかに、やはり「ゲームソフトがもっとも豊富に出回っていたから」ということがあった。しかしパソコンでできることというのはそれ以外にももっともっとたくさんあった。

 ただ、当時は次から次へと出てくる音楽ソフトやアニメ製作ソフトに対して、何度も何度もパソコンの限界を感じさせられて幻滅していた。なにしろApple IIc はクロックスピードが1メガヘルツのマシンだから。Apple 社以外のマシンがこれよりはるかに優れていたかというと、もちろんそうではない。

 というか、僕がApple IIc を使っていた1984年から1988年の間には、まだマルチメディアなんて言葉すら聞いたことがなかった。メディアはメディアだ。今回はそんな昔のマルチメディアへの挑戦、それに挫折の話だ。

お絵かき: その1、Logo

 Logo、ってご存じだろうか。わが家にはこのLogo がApple IIc を購入した当初からあった。ブロックを組み立てるおもちゃはLego だ。Logo というのはなんというか、プログラミングで絵を描かせるためのソフトのようなものだった。(注1)

 画面に「タートル」というカーソルのようなものが出てきて、このタートルに「右30度に30ドットの線を引け」とか「上に50ドットの線を引け」というような指示をして絵を描かせる。このコマンドをプログラムとしてまとめておけば、3ドットを描くたびに角度を少しだけ右に傾けて、また3ドット描いては角度を少しだけ傾ける、という作業を自動的に繰り返してくれる。

 曲線を描くときには必ずこうしたプログラミングが必要だった。ひし形を時計回りにいくつも描いていけば、ひまわりのようなお花の絵が出来上がる。しかしこれ、曲線を描かせるとえらく遅くて……。円をいくつも重ねるような絵を描こうとすると、1時間は放っておかないといけない。三次元画像のレンダリング処理ならまだしも、真っ黒の画面に白い線で絵を描くのに1時間もかかって良いものだろうか?

 もっとも、Logo はグラフィック・ソフトというよりは、子供にプログラミングの感覚をつかませる狙いがあったらしい。実際に当時10歳の僕も、最初のうちは面白くて必死にひまわりの絵を描かせていた。でもそれが限界であった。やっぱり、自分の思うとおりに絵を描きたい。

お絵かき: その2、MousePaint

 「これは面白い!」といって父親がマウスを買ってきたのがいつだったか思い出せない。しかしこのマウスというのは衝撃的だった。MousePaint というソフトを立ち上げると、なにやら矢印のようなマークが、マウスの動きに合わせてぐりぐりと動くのだ!

 などと書くと「こいつばかじゃねえのか?」と思われそうだけど、この1980年代の半ばにマウスを標準装備していたのは超マイナーマシンのMacintosh だけだった。僕達ガキンチョにしてみればMacintosh など目にすることすら滅多にないし、仮にあったとしても、ゲームソフトが全然ない白黒マシンなんぞそれこそ眼中にないわ! という状態だった。雑誌などで見るMacintosh の写真には必ずマウスが一緒に写っていたが、なんじゃあれは? という感じだ。

 Macintosh を使っている人なら、MousePaint はHyperCard のお絵かき機能だといえばわかりやすいだろうか。基本的には白黒だけど、自分がマウスを動かしたとおりに絵が描けるというのは、当時はすんごく画期的。感激のあまりに下手くそな絵をいくつもいくつも描いてしまった。

お絵かき: その3、Koala Pad

 1986年、僕はComputer Application という授業を選択で取った。ワープロから表計算ソフト、それからグラフィックソフトの使い方など、一般的なパソコンの使い方を教える授業だ。この頃僕はアメリカでいう7年生で、プログラミングの授業は8年生にならないと選択できなかった。(注2) いまさら一般的な使い方を教わってもなー、と思いながらも、コンピューターの授業というだけで選択してしまった。楽そうだから。

 この授業で登場したお絵かき道具が、Koala Pad だ。Koala Pad とは要するに、どこかの会社が製造していたタブレットのこと。最近のタブレットに比べるととてもごっつい箱のような形をしていて、ペンを動かせる範囲も手の平ほどしかなかった。Apple II シリーズの解像度はハイレゾルーション・モードでも280x192ドットで、ダブルハイレゾルーションにしても560x192ドットだったから、それで十分といえばじゅうぶんだったのだけど。(注3)

 このKoala Pad 付属のソフトはカラーに対応していたような気がするけど、今ひとつ記憶がさだかでない……。いずれにしても、MousePaint とKoala Pad はグラフィックを扱うという点でとても感激した。もっとも、ただ絵を描くだけなので、アニメーションなどの高機能を求められないのはいうまでのない。

アニメーション: Take1 とFantaVision

 当時、映像を扱うパソコンといえばCommodore Amiga だったような気がするが、Apple II シリーズぐらいだと、ムービーを作るといっても今のQuickTime のような機能は到底望めなかった。せいぜい、自分が描いた小さなキャラをちょろまかと動かすのが精一杯だ。

 ばりばりとプログラミングができれば描いたキャラを右から左へと動かすぐらいのことはたわいもなかったのかも知れない。しかし僕のようなゲーム小僧はムービーアプリケーションの登場を待つしかなかった。そんな僕の前に現れたのが、Take1 というソフトだ。

 Take1は、自分が描いたキャラクターをフレームごとに角度や位置を変えて張り付けていくというもの。例えば1個のボールを右から左へと移動させるのにはそれほど苦労はしない。ただし、コマごとにちゃんと距離を測って張り付けていかないと、動きがぎこちなくなる。それにボールだったら問題はないが、「走る人」を動かすのにはいちいち別の絵を準備しなくてはいけないという致命的な問題点があった。(注4)

 そう言う意味で、僕がApple IIc 時代に体験したもっとも優れたアニメーションソフトは、やはりFantaVision だったと思う。どこが開発したソフトなのかも思い出せないが、感覚的に、今のDirector にだいぶ近づいていた。1つ1つの線を記憶していき、「ここで始まってここで終わる」というのを指定しておけば、途中のフレームの描画を自動的にこなしてくれる。

 1つの絵ではなくて個別の線を覚えてくれるので、「走る人」なら手足の部分を描き換えながら位置を変えていけば良い。これは便利だ!ただしFantaVision は先に述べた学校の授業で使ったソフトなので、家で使ってみることができなかったのが実に残念だ。(注5)

音楽: 哀しみを少しだけ和らげたMocking Board

 お絵かき、アニメーションと話が続いたが、僕がなによりもコンピューターにやらせたかったのは音楽だ。しかしこれまでにも書いたとおり、Apple II シリーズはこの分野で、てんでダメだったのだ。ゲームメーカーもきっと、ゲームをApple II シリーズへと移植する時に「なんでこんなにちゃちな音しか出ないんだ?!」と嘆いたのであろう。

 それでもやはり、コンピューターで音楽死体! いや、音楽したい! という思いは強かった。そこで出会ったのが、Music Construction Set だ。これは上下2段のスコアに音符を並べていく、いわゆる打ち込みソフト。オタマジャクシを連ねて演奏させると、おお、音質は悪いなりにもちゃんと曲を奏でてくれるではないか。

 それにしてもこのビービーいうのはなんとかならないか。友達の家でCommodore 64 のUltima IVを体験してその重厚な音楽に驚いてしまってからというもの、とにかく僕にはこのチンケな音声がコンプレックスの元となっていた。

 そんな僕の悲哀が少しだけ薄らいだのは、僕のApple IIc 時代も終わろうとしていた1988年だった。パソコン通信の話は後の章で書こうと思うが、このパソコン通信で知り合った人が、Mocking Board というものを売ってくれたのだ。Mocking Board はApple IIc のシリアルポートにつなぐ外部装置で、なかなか優れた音声を発することができるのだった。(注6)

 Mocking Board を手に入れた僕はさっそくMusic Construction Setに曲を打ち込んだ。するとMocking Board はシンセサイザーのように美しい音で部屋を支配した。あの感動は忘れまい。手持ちのゲームの中にもごく1部だが、このMocking Board 対応のものがあった。試しにもうやり飽きたいくつかのゲームをやってみると、うーむ、新鮮。

 ちなみにこのMocking Board にはスピーチ機能もあって、ローマ字を打ち込むとその通りにお喋りしてくれるという楽しみ方もあった。ローマ字をそのまま読むようなところがあったので、英語よりもむしろ日本語の発音の方が綺麗だったように思う。

(つづく)

目次に戻る][次へ


(注1)過去形で書いてしまったが、Logo というのは今も完全にこの世から消え去ったというわけではない。英語版Yahoo! にはちゃんとプログラム言語の項目の下に、Logo の項目もあるので、より詳しい情報を得たい人はどうぞ。子供向けのプログラミング言語という意味では、悪くないと思います。

(注2)僕が通っていた地域では1年生から5年生が小学校、6年生から8年生が中学校、9年生から12年生が高校という5−3−4の12年義務教育というシステムだった。中学校に入ると生徒がみんなそれぞれのスケジュールを持ち、学年が上がるごとに選択できる授業の幅が広がる仕組み。

(注3)この解像度の違いもあって、エミュレーションでApple II シリーズのソフトを作動させると、画面がめちゃんこ小さい。

(注4)「その2: とにかくゲーム、ゲーム、ゲーム!」の注6に出てくるKarateka のパロディーアニメ、Karateka2 はこのTake1 を使って作られていたようだった。

(注5)この頃はまだ基本ソフト(OS)という概念が浸透していなかったこともあって、FantaVision で作ったムービーはFantaVision でなくては使えない、というデメリットはあった。また、音楽とワンセットにできなかったという意味で、無味乾燥な感じがしないでもなかった。

(注6)Mocking Board という名前は、ようするにMocking Bird (モノマネドリ)をもじっているのだった。新品なら$100ぐらいだった。僕は中古品を$15で手に入れた。